東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6376号 判決 1987年8月27日
原告
廣岡令子
ほか一名
被告
アメリカン・ジャケット株式会社
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各金一五〇〇万円及び右各金員に対する昭和五八年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故の発生
(一) 日時 昭和五八年七月八日午後五時五分ころ
(二) 場所 東京都中央区新富一丁目一三番一号先路上
(三) 加害車 自家用普通貨物自動車(品川四五め九五二〇号)
右運転者 訴外石岡利明
(四) 被害車 自家用普通貨物自動車(足立四五ふ二三六六号)
右運転者 訴外廣岡巖二(以下、「訴外巖二」という)
(五) 態様 折から停車中の被害車に加害車が追突してきたもの。
2 責任原因
被告は、加害車を自己のため運行の用に供していたものであるから、加害車の運行供用者として自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という)三条に基づき本件事故によつて訴外巖二が受けた人的損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 訴外巖二の受傷と治療経過
訴外巖二は、本件事故のために、頭部打撲症、頚椎捻挫、頚腕神経障害の傷害を受け、事故当日の昭和五八年七月八日三和会中央病院に通院し、同月九日から同年一二月三日まで同病院に入院したほか、昭和五九年五月九日までの間右病院の外、駿河台日本大学病院、野崎マツサージ治療院、笠間カイロプラクテイツクセンター、松戸のはり、小井手眼科、中山クリニツクに通院した。
(二) 訴外巖二の自殺
訴外巖二は、昭和五九年六月二六日午後六時ころ、自宅において、殺虫剤(オールパラ)を服毒し、この結果、同月二八日午前三時二九分死亡した。
(三) 本件事故と訴外巖二の自殺との因果関係
訴外巖二は、前記のとおり、入通院して治療を受けたが、頭痛、めまい、耳鳴り、おう吐、頭重感、頚部痛、不眠、思考力減退、疲労、眼痛などの症状が続き、なかなか改善されなかつた。退院後も、睡眠時間が短く、始終いらいらして怒りつぽくなつていたが、その後、ふさぎこむようになり、人と会うのをいやがり、体がふるえ、おろおろしてじつとしていることのできない状態が続いた。昭和五九年五月には、訴外巖二は家人の留守中にベルトで首を絞める事件を起こし、うつ状態が増悪し、結局、前記自殺に至つたものである。訴外巖二には、内因性ないし遺伝性のうつ病はなく、本件事故以前にうつ状態になつたことはなく、他に自殺の原因となるような事情もなかつた。したがつて訴外巖二の自殺は本件事故を原因とするものである。
(四) 右に伴う損害の数額は次のとおりである。
(1) 治療費 金五六〇万六一七〇円
(2) 入院雑費 金一五万一〇〇〇円
(3) 休業損害 金五一九万〇五八七円
訴外巖二は、本件事故当時丸神運輸株式会社に勤務しており、本件事故前三か月間の平均給与は一日当たり金一万三一二九円であつた。訴外巖二は、本件事故のため三五三日間休業したので、その間の得べかりし給与金四六三万四五三七円及び右休業により賞与が減額された分金五五万六〇五〇円の合計金五一九万〇五八七円が休業損害となる。
(4) 逸失利益 金四五一四万五〇八七円
訴外巖二の昭和五七年分の給与及び賞与の合計額は金五五一万六九三六円であつた。同人は昭和一〇年七月三一日生まれで死亡当時四九歳であつたから、六七歳まで一八年間の逸失利益は生活費控除三〇パーセントとして金四五一四万五〇八七円となる。
5,516,936円×0.7×11.690=45,145,087円
(5) 入通院慰藉料 金二〇〇万円
入院一五一日間、通院一四八日間。
(6) 死亡による慰藉料 金二〇〇〇万円
(7) 葬儀費 金九〇万円
(8) 合計 金七八九九万二八四四円
4 相続
訴外巖二は、昭和五九年六月二八日に死亡した。原告廣岡令子(以下、「原告令子」という)は訴外巖二の妻、原告廣岡悟は訴外巖二の子であり、その相続分は各二分の一である。
5 損害の填補 金二一〇一万七七二〇円
原告らは、本件事故の損害につき、被告から金一一〇一万七七二〇円の弁済を受け、自動車損害賠償責任保険から金一〇〇〇万円を受領したので、右合計額を相続分に応じ、金一〇五〇万八八六〇円ずつ、前記各損害の一部に充当した。
よつて、原告らは、被告に対し、各前記3の損害合計金七八九九万二八四四円の二分の一である金三九四九万六四二二円から5の金一〇五〇万八八六〇円を控除した残額金二八九八万七五六二円の内各金一五〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年七月八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実について、(一)、(二)は認める。(三)のうち、訴外巖二の自殺と本件事故との因果関係は否認し、その余は知らない。(四)のうち、(1)は認め、その余は否認する。
3 同4、5の事実は認める。
第三証拠
本件訴訟記録中の書証、証人等目録記載のとおり。
理由
一 被告の責任
請求原因1及び2の事実はいずれも当事者間に争いがないから被告は自賠法三条に基づき、本件事故によつて訴外巖二が受けた人的損害を賠償する責任がある。
二 請求原因3(損害)について
1 (一)、(二)の事実(訴外巖二の受傷と治療経過及び訴外巖二の自殺)は当事者間に争いがない。
2 そこで進んで、本件事故と訴外巖二の自殺との相当因果関係の有無について検討する。原本の存在及び成立に争いのない甲第三六号証、乙第二号証、証人浅川和夫の証言及び原告令子本人尋問の結果を総合すれば、訴外巖二は前示三和会中央病院入院中昭和五八年一一月中旬ころまではしばしば不眠、頭痛、頭重感、おう吐、気分不快等を訴えていたが、その後は病院において特に苦痛を訴えることはなくなり、同年一二月三日同病院を退院したこと、訴外巖二は、その後、昭和五九年一月二五日同病院に来院し、頭重感等を訴えたため、駿河台日本大学病院を紹介され、同年二月二日同大学病院精神神経科に受診したが、症状としては手指の振顫及び精神不安定が見られ、頭部外傷後の神経症との診断で、精神安定剤の投与を受け、同月一六日、同年三月一日にも通院して、同様の治療を受けたこと、その後も訴外巖二の精神不安定状態は継続していたこと(但し、その後は、同大学病院には通院していない)、訴外巖二は同年五月ころ自分の首をベルトで絞めて自殺しようとしたことがあつたこと、訴外巖二の本件事故による前示受傷は、外傷としてはさほど重度のものではなく、頭部については脳の器質的な損傷は認められないこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。右によれば、自殺当時の訴外巖二の本件事故による受傷自体の症状は、前示のとおりであつて、さほど重度のものではなく、右肉体的苦痛は、自殺しなければならないほどの切迫した情況にあつたとは認めがたい。ところで、証人浅川和夫の証言によれば、頭部外傷後、器質的な病変が生じなかつた場合においても、心理的なシヨツクから、患者にうつ状態が生ずることはしばしば見られる症状であること、しかしながら、訴外巖二の受傷内容からすると右うつ状態から自殺に至ることは通常は予想しえないような結果であつたことが認められる。訴外巖二の自殺の動機がいかなるものであつたかは必ずしも明らかではなく、本件事故が一契機となつたことは否定しえないところであるが、前記証言内容に鑑みると、右自殺という結果が本件事故による訴外巖二の受傷から通常生じうるものと認めることは困難というほかない。したがつて、結局、本件事故と訴外巖二の自殺との間に相当因果関係があるものと認めることはできない。
2(一) 治療費 金五六〇万六一七〇円
治療費金五六〇万六一七〇円については当事者間に争いがない。
(二) 入院雑費 金一四万八〇〇〇円
弁論の全趣旨によれば、訴外巖二が三和会中央病院に入院していた一四八日間、一日金一〇〇〇円を下らない支出をしたものと認めることができる。
(三) 休業損害 金五一九万〇五八七円
前記甲第三六号証、乙第二号証、原本の存在は当事者間に争いがなく弁論の全趣旨により原本の真正な成立の認められる甲第三三ないし第三五号証及び原告令子本人尋問の結果によれば、訴外巖二は本件事故当時丸神運輸株式会社に運転手として勤務し、年間金五五一万六九三六円の収入を得ていたものであるところ、本件事故による受傷のため昭和五八年七月九日から昭和五九年六月二六日までの三五三日間休業を余儀なくされたものと認められるから、原告主張の金五一九万〇五八七円を下らない休業損害を被つたものと認められる。
(四) 慰藉料 金二〇〇万円
訴外巖二の受傷の内容、治療経過に、本件事故が訴外巖二の自殺と相当因果関係は認められないものの、その一契機となつたことは否定しえないので、これら諸般の事情を総合すれば、訴外巖二に対する慰藉料としては金二〇〇万円をもつて相当と認める。
(五) 前示のとおり、本件事故と訴外巖二の死亡との間に相当因果関係を認めることはできないから、訴外巖二の死亡により生じた財産的損害を被告に負担させることはできないものというほかなく、死亡による逸失利益、同慰藉料、葬儀費用の請求は、いずれも認めることができない。
(六) 合計 金一二九四万四七五七円
三 請求原因4(相続)、同5(損害の填補)の事実はいずれも当事者間に争いがない。そして、以上の事実によれば、右損害填補額を控除すると、原告らの本件事故による損害賠償請求につきその残額が存しないことは明らかである。
四 結論
よつて、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 岡本岳)